全方向へ愛と萌えと尊さの短編集

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 けど時間が遅くなって来て、辺りが暗くなってくると、セミの音がなんだか怖くなってきて、何の音も無い空間も怖くて、私は少しずつ違う怖さが出て。それでも泣くのは耐えて、お母さんに「ごめんなさい」ってちゃんとしたくて。 「……お嬢さん、もしかして1人?どうしたのかなこんな所で?」 「えっ?」  ボーっとしていた頭にふと掛かった言葉。顔を上げると、私を見下ろす様に見ているお兄さんが居た。お姉さんぐらい?の歳の人だったと思う。その人は私に微笑み掛ける様に頭を撫でて来て……それが凄く怖かった。 「あ、あの、だいじょ、うぶ、ですから」  何とか、ランドセルに引っ掛けてある防犯ブザーを手に取ろうとすると、その手をガシっと、とても抵抗出来ない様な力で掴まれてしまった。 「そんなフラフラなのに見過ごせないよ。おいで、車涼しいから、ジュースもあるし」  そう言って手を引っ張って私を車に連れ込もうとして来た時に、最近そういう怖い事件が多いって学校で聞いたのを思い出して、私は咄嗟に声を出そうとしたけど、 「た、たすけ―――んぐッ!!?」 「ああ駄目駄目、大きな声なんて上げたらもっと危ない。ほら、安全な場所まで連れてってあげるから暴れないで、大丈夫大丈夫」  その瞬間口を抑えられてしまう。耳元であやす様に言葉を言うけれど、その1つ1つが全て逆に聞こえてしまった。事実その通りだと思う。だって、もう片方の手が身体を……とっても嫌な触り方をして来るから。  疲れ果てた力で必死に抵抗するけど、お兄さんは笑みを浮かべるだけでまるで歯が立たない。ズルズルと車まで引きずり込まれそうになる。 (やだっ、やだっ!!お母さん!!!…………お姉さんッ!!!!)  もう駄目だと思った。意識は朧気で、怖い事をされてしまうんだと思った。だからもう心の中で叫ぶしか無くて、必死に想って、最後に思い浮かんだのはお姉さんの顔で。 「その子に何やってんだ」  最後に聞こえた声は、きっと気の所為なんだと思っていた。
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