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黄昏時
クラブからの帰り道、天気がよければ向かう場所がある。
入道雲が水平線の彼方から遠くの山並みまで、途切れることなく続くあの日。
あの日もその場所へ向かった。
剣道部に所属する僕は、中学に上がる前からたしなんでいた。いじめられっこだった僕を見かねた親が僕に武道を身につけさせようと勧められたのだ。もちろん、他の武道でも良かったのだが、華奢な僕では柔道では相手にしてもらえないだろうと、剣道を勧めたようだ。
剣道は強くはないが、嫌いではない。特に夏のクラブ活動は好き。朝から夕方まで、休憩を挟みながらとはいえ長時間の練習は体を痛めつける。水分は取れども取れども出て行くようだし、練習が終わったあとの胴着を絞ったときに滴る汗に満足感と快感を覚える。藍染の胴着の色が汗で身体にわずかに色移りする様も心地よい。
そんなに練習しても、身体を鍛えても、筋肉らしい筋肉はつかない。身体も細いままだ。若干、力は強くなったようだが、それでもクラスの男子の中では力はない部類である。
さて、8月のあの日、僕は夕方まで行った練習のあと、いつものようにその場所へ向かった。夕方とはいえ入道雲がある中、自転車で坂を上り、小山を越えて山向こうに出る頃にはまた汗をかいていた。山向こうに下りた先には海が広がった。自転車を止め、砂浜に足を踏み入れると昼顔の蔦が足にまとわりついた。気にすることなく蔦を踏みしめ、歩みを進めると岩場がある。磯というには小さい岩場。波打ち際から岩が競りあがり、やや高くなったところに凹地ができている。波が荒いとこの凹地に波が入るがあの日は波が穏やかで水溜りになっていた。凹地の向こうには小さな洞窟・・・僕は洞窟と呼んでいたが祠かもしれない。夏でも空気がひんやりして感じられる。
その場所は山向こうで、砂浜の先、凹地の水溜りの奥なので、ふだん人は誰も来ない。来るのはふな虫くらいのものだ。自転車に剣道の防具を積んだままにしていても、盗られたことも悪戯されたこともなかった。
あの日も洞窟の中で涼みながら夕方とはいえまだ明るい外の入道雲を眺めていた。
秋の空の高いところの雲は早く流れるのに、夏の入道雲は流れないな・・・
そんなことを考えているうちにまどろんでしまったようだ。
身体が冷えてきたようだった。少なくとも練習あとの熱気を帯びた身体ではなくなっていた。
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