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第14話 青白い炎
佐奈と琴葉のもとへ向かう辻斬りの前に、再び、十五郎が立ちはだかる。
対して、辻斬りは刺突の構えをとった。三人まとめて刺し殺すつもりか。十五郎の脳裏に串刺しにされた巡査と少女の姿が浮かぶ。防げるかと思う間もあらばこそ、辻斬りが腰を落とし、足を踏み出そうとした。巡査がしたように、刀を盾として迎え撃つ。
あわや激突というところ、激しい気合の声とともに辻斬りの腕がごとりと地に落ちた。何者かが斬り落としたのだ。肘から先を失った辻斬りが、怒号を上げて邪魔者を睨んだ。
刀を振り下ろした格好のまま息を整えているのは、佐藤警部補である。部下からの急報で駆けつけ、辻斬りが十五郎に意識を向けた瞬間を狙って、必殺の太刀を見舞ったのだ。
辻斬りは肘から先がない両腕を振り回し、激しさを増す風雨に負けぬ咆哮をあげた。佐藤警部補に向かって突っ込むと、体当たりで吹き飛ばし、続けて十五郎に横薙ぎの蹴りを放った。受けた刀をへし折って、鈍い音とともに身体を巻き上げる。
さらに猩々面のような顔を怒りで赤く染め上げ、佐奈と琴葉に向かって疾った。
もはやこれまでと思うところに、風を切り裂いて一本の矢が飛び、過たず辻斬りの右目に突き刺さった。矢の出元は山車に乗っていた弓曳童子である。
辻斬りが首を振って悲鳴を上げた。
追い討ちをかけるように、いつのまにか背後に回っていた千代が辻斬りの体をいま一度ぐるりと地面に叩きつけ、ぐぅと唸って動かぬ辻斬りである。一瞬しんとした中に、すすり泣くような女の声が聞こえた。
「なぜ邪魔をする。あの人を取り戻すのだ。あの人と一緒に居たいだけなのに。ああ、教えられたとおり、そこな娘の腹わたを食らえば、納められた御魂を取り込めば、本当の鬼になれるのに」
ずずずと身をいざらせて、這うように琴葉に向かった。その肩に千代が飛び乗る。
「ごちゃごちゃと五月蝿いね。しつこいと、男でも女でも化物でも、みんなに嫌われるよ」
ごきり、と辻斬りの首を回してへし折った。ところが、そのまま這い進むではないか。
ようやく立ち上がった佐奈が鎖を投げつけ、動きを抑える。そこへ、雨滴を弾いて一閃。十五郎である。折れた刀の先で、辻斬りの首を斬り落とした。猩々面のような首が赤い髪を引いて、ごとりと地面に落ちる。それは、しきりに何かつぶやいていた。
「口惜しや、口惜しや。いま少しで喰ろうてやれたのに。おのれ、貴様に惑わされなければ斯様なことにはなるまいに。おのれ、おのれ、おのれ。かくなる上は、ただでは死なぬ。貴様も道連れじゃ」
首なしの巨躯が動いて、千代と十五郎、続けて佐奈も蹴り飛ばし、最後に琴葉を踏み潰さんとした。すると、琴葉の表情がすっと冷めたものに変わり、透き通るような声でいう。
「惑わされるのは人の常、惑うも惑わぬもそちらの勝手。ようも琴葉を怯えさせてくれたな。下種が! 去ね!」
言いながら、突き出した右手をぐっと握り締めると、地べたに転がっていた辻斬りの頭がぐしゃりと潰れた。同時に首を失った体が燃え上がる。激しい雨に消えもせず、青白い炎が全身を覆った。
辻斬りの体は、潰れた頭を肘先で拾い上げ、ふわりと飛び上がると、炎を撒き散らしながら民家の屋根を走り去っていった。
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