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第46話 好奇心が猫を殺す
時代はすでに明治を過ぎ、大正に入っております。
わずか十五年という短さもさることながら、明治に比べると、どことなく落ち着きがある反面、印象に薄いところもあり。色褪せた明治であり、古惚けた昭和でもあるような。そんな時代の、とある屋敷とお思いください。
書斎代わりの一室で、古い資料を手に考え込むようにしていた。もう遠くなった過去のことを思い、また今を思いながら。そんな十五郎に傍らから声をかけてきた者がある。
「なにやら物思いにふけられて。十五郎様、どうかされましたか」
「いや、なに、たいしたことじゃない。懐かしい、昔の事件の資料を見ていたんだ」
「あらあら、本当に懐かしいですね。みなさま、お元気にされてますでしょうか」
「まあ、たまに顔を出す者もいるし、筆まめな方もおられる」
「それで? なにを考え込んでおられたのです?」
「いまだからこその話だが、役所の資料を調べていて、ひとつ気付いたことがあった。当時の神尾家だ。いくら探しても、お前の母親の名前が出てこない」
「そして、私の名前も?」
「まあ、そうだ。これは聞いても良いかどうかと頭を悩ませていたのだが。書類上、正妻として迎えられていなかったということなのだろうな。と思いつつ、冗談のような話で、本当は、そもそも先代当主には孫娘などいなかったなどということも」
「ふふ、十五郎様。好奇心が猫を殺すという英国の諺を御存知ですか。あるいは日本にも、知らぬが仏、言わぬが花などと申しますね」
「それは、つまり、そういうことだと思っていれば良いのかい?」
「さて、どうでしょう。
この世の多くのことは、ほとんどが灰色で御座いましょう。頭の中では、白に黒にと色分けして。でも本当は、のっぺりとした灰色の両極端がわずかばかり黒やら白であるに過ぎません。
多くの昔語りも無用な詮索は益なきこととしておりますが、それでもお聞きになりますか?」
「いや、やめておこう。白も黒もない。お前はお前だ。あるものはあるがままに」
「ふふ、やっぱり貴方にして良かったです。でも、もし、お聞きになりたい気持ちが治まらなければ。もし、何を捨ててでも聞きたいと思われるなら、その覚悟があるならば、いつでも聞いてくださいまし」
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