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「……変わらないな。お前はいつも真っ直ぐだった。舞子さん譲りで優しくて、愛情を出し惜しみしない。だから俺は怖かった。お前はきっと、すぐに俺の心をいっぱいにしてしまう」
「いけないの?」
「いけないんじゃない。いけなくなんかないんだ。でも俺は怖いんだ。お前が俺の中に入ってきたら」
やっと聞けるほんとの気持ち。お兄ちゃんの声は、震えている。
「失う恐怖と戦わなくちゃならなくなる。俺は自分に自信がない。お前が俺の元を去る日が来たら、きっともう生きていけない。だから怖い。でも本当はお前が欲しくて」
「……欲しくて?」
「お前を拒否する事もせずに気を持たせてしまった。お前がいなくなるのが怖くて。俺は、何もかもが怖いんだ……!」
――もう、十分。
私はテーブルに置いたハンカチで涙をぬぐう。きっとまた困らせてしまった目の前のこの人に、笑いかけて。
「なら、何も問題はないわ。私はあなたのそばから離れない。気持ちも一生変わらない。だから、何も怖がらなくていい」
「……鈴菜」
「そう、そう呼んで。あなたのお父さんは私も一緒に看取るわ。だってあなたの血は半分はお父さんにもらったんでしょう? 私も、会ってみたい。大好きなあなたを半分作った人。きっと昔の事を後悔してる。その気持ちが、軽くなるように」
お兄ちゃんが泣いている。初めて見るそんな顔に、私は強く続ける。やっとここにたどり着けた。もう、戻らない。
「私、あなたが帰ってきて強くなったの。好きな人を守れるぐらいに。だから安心して。あなたはもう、ひとりじゃない……!」
鈴菜、鈴菜と言ってその人は泣く。私はテーブルにあるその人の大きな左手を握る。
こんなに笑顔にあふれた幸せなレストランの一角で、いつまでも泣くその人の手を、私はいつまでも強く握り続けている。
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