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第27話
その日は9時前にタクシーで送ってもらった。このまま永遠に泣き続けるのかと思ったあの人は、なにかの拍子にぴたりと泣き止んだ。恥ずかしそうに笑って、私の手を解いて。
「だめだな。子供の頃にもここで泣いたよ。舞子さんの前で。……圭も覚えてるかな。あれ以来だ。こんなに泣いたの」
「ハンカチ、使って。ママったら何にも教えてくれないんだから。圭も。私だけ何にも知らなくて、ひとりで悩んで、変な事ばっかりして……」
「変じゃ、ないよ」
私が差し出すハンカチを受け取って、あの人は言う。私はやっとうれしい気持ちと恥ずかしい気持ちが沸き起こって、自分の顔に血がのぼるのを実感する。
「鈴菜がいなきゃ、ああやって俺のそばにいてくれなきゃ、俺はもうくじけてた。鈴菜がいると思うから頑張れた。だからちゃんと言うよ。ごまかして悪かった。俺は鈴菜の事がずっと昔から好きだ」
今度はあの大きな手の方が私の手を包んで。夢のようなその一言が私の耳に滑り込む。
「本当は圭なんかに渡したくなかった。やっと本音が言えて、気が抜けた。明日は熱が出るかもな。でも、それでいいんだ。俺はやっと、自由になれる。お前の、そばにいられる……」
私は圭に電話をしなかった。圭からも何も連絡はなかった。きっと、これでいい。圭は新しい道を歩んでいく。
ママは帰った私の顔を見るなり「あらまあ、泣いたでしょう。すっかりアイメイクが落ちちゃって。で、どうだったの? 首尾良くいったの?」なんて言う。私はママをぶつ真似をしてから、その胸に飛び込む。大好きなママ。私の頭を優しくなでてくれる。
「あの子は、いい子よ。きっと鈴菜を大切にしてくれる。平坦な道ではないかも知れない。でも二人で一歩ずつ、歩んで行きなさい……」
何もかも知っていたママ。本当に私を愛してくれている。
その愛はあふれて周囲の人をも照らす。私の一番そばにも、優しい人はいたんだわ。
そんな人に見守られながら、私は大学生になる。そして季節はめぐって。
やがて本当の、大人になる――。
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