第27話

1/4
前へ
/97ページ
次へ

第27話

 その日は9時前にタクシーで送ってもらった。このまま永遠に泣き続けるのかと思ったあの人は、なにかの拍子にぴたりと泣き止んだ。恥ずかしそうに笑って、私の手を解いて。 「だめだな。子供の頃にもここで泣いたよ。舞子さんの前で。……圭も覚えてるかな。あれ以来だ。こんなに泣いたの」 「ハンカチ、使って。ママったら何にも教えてくれないんだから。圭も。私だけ何にも知らなくて、ひとりで悩んで、変な事ばっかりして……」 「変じゃ、ないよ」  私が差し出すハンカチを受け取って、あの人は言う。私はやっとうれしい気持ちと恥ずかしい気持ちが沸き起こって、自分の顔に血がのぼるのを実感する。 「鈴菜がいなきゃ、ああやって俺のそばにいてくれなきゃ、俺はもうくじけてた。鈴菜がいると思うから頑張れた。だからちゃんと言うよ。ごまかして悪かった。俺は鈴菜の事がずっと昔から好きだ」  今度はあの大きな手の方が私の手を包んで。夢のようなその一言が私の耳に滑り込む。 「本当は圭なんかに渡したくなかった。やっと本音が言えて、気が抜けた。明日は熱が出るかもな。でも、それでいいんだ。俺はやっと、自由になれる。お前の、そばにいられる……」   私は圭に電話をしなかった。圭からも何も連絡はなかった。きっと、これでいい。圭は新しい道を歩んでいく。  ママは帰った私の顔を見るなり「あらまあ、泣いたでしょう。すっかりアイメイクが落ちちゃって。で、どうだったの? 首尾良くいったの?」なんて言う。私はママをぶつ真似をしてから、その胸に飛び込む。大好きなママ。私の頭を優しくなでてくれる。 「あの子は、いい子よ。きっと鈴菜を大切にしてくれる。平坦な道ではないかも知れない。でも二人で一歩ずつ、歩んで行きなさい……」  何もかも知っていたママ。本当に私を愛してくれている。  その愛はあふれて周囲の人をも照らす。私の一番そばにも、優しい人はいたんだわ。  そんな人に見守られながら、私は大学生になる。そして季節はめぐって。  やがて本当の、大人になる――。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

79人が本棚に入れています
本棚に追加