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「……もう1周忌か。あっという間だったな。昨日は鈴菜のハタチの誕生日だったのに、悪いな。辛気臭い話に巻き込んで……」
初夏のある日。
私は遼と一緒に小さなお寺を訪ねた。お父さんの1周忌の法要。参列者は私達ふたりだけ。
お坊さんは簡単な御経を上げてくれた。遺影のお父さんは遼によく似た笑顔。私は1年前、この人が亡くなる場面に立ち会った。
とても穏やかで、気弱ですらあったお父さん。初めて病室を訪れた日、私を見て何度も何度も謝った。きっと私とママを、勘違いして。
「ご迷惑をおかけしました」「心根を入れ替えました」「私は人ですらなかった」「遼のおかげで人に戻れました」「妻と娘に会いたいんです。あなたから、お伝え頂けませんか」
……私は泣く事しか出来なかった。遼が直面する苦しみが、手にとるように分かって。
遼はそんなお父さんに諭すように言う。強く。それでお父さんは正気に返る。
「違うだろう。もう母さんも由紀も戻らない。それだけの事をしたんだ。最後にはすべて許されるだなんて甘えだ。あんたのした事は消えない。出来るのは、謝罪の手紙を書き続ける事だけだ」
あ……ああ、と言って、お父さんは病室の棚から便箋を取り出し手紙を書き始める。その手紙は毎日遼がポストに投函しているのだと聞いた。返事は返らない。日々弱っていくお父さん。遼も、追い詰められていたのかも知れない。
私はバイトと学校の合間に病院に通った。どんどん記憶があいまいになっていくお父さんは、私をヘルパーさんだと理解したようだった。何も出来ないけど、私はお父さんの昔の話をたくさん聞いた。とてもモテて、彼女がいっぱいいたんだよと、ささやかな自慢をするお父さん。
……でも、私が帰る頃にはいつも言うの。
「身勝手をした」
「愛する人を困らせて」
「家族がこんなに大切なものだなんて知らなかった」
「自慢の息子がいなければ、俺はもうだいぶ前に死んでいたよ……」
そのたびに後悔の涙を流す。
私はそんなお父さんに、「また来ます」と言って病室をあとにする。そんな日々は1年も続いた。半年の命と言われたお父さんは1年も生きて、そして、とうとう1年前の今日亡くなって……。
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