エピローグ

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 高校2年のあの日、突然帰って来た遼に私達はバランスを崩した。長く保ってきた不安定なバランス。みんなが誰かを見ていて、みんなが辛い思いをして。  時間が解決するなんてものでもなかった。私達はそれぞれが抱えたものを乗り越えるために、みんな勇気を出して、戦った。……大げさかもしれないけど、本当に戦ったわ。私は弱さと、遼は過去と、圭は握り締めてきた思い出と。  そしてやっとみんなが笑っている日常を手に入れた。きっとこの先も色んな事が起こるだろう。でも、私達は間違いなく乗り越えていけるはず。だって今見えている景色は、とても広くて綺麗で、そして希望にあふれている。 「おべんと持った? 着替えのスポーツバッグは? もう、寝ぐせとれてない! だから早く寝なさいって言ったのに、バスケの試合ばっかり見てるから……!」  私は朝の玄関でそんな事を言いながら慌てて1センチヒールのパンプスを履く。私の荷物はA4が入るバッグひとつなのに、遼はいつでも大荷物。狭い玄関で私達は押し合いながら靴を履いて、マンションの廊下に飛び出す。  そこは私が育ったマンション。思い出の場所。空いた部屋を買って私達は住んでいる。圭と美琴ちゃんも、12階の空き部屋を内見に来ていた。ますますにぎやかになりそうな、私達の日常。 「だって海外の試合って夜中なんだもんっ。やばい、朝練遅れる、鈴菜、ぶっ飛ばして!」  私の運転で遼を学校まで送って行く。それから私は自分の勤務先に出勤。毎朝繰り返される幸せな日常。でも、それももうすぐ変わるの。  私のお腹には赤ちゃんがいる。同じ頃、美琴ちゃんも気付いたと言ったわ。『パパ』達にはまだ内緒。美琴ちゃん達が引越しを済ませてから、一緒に発表をするんだから。  そして私達は一緒に子育てをしようねって約束をしている。背の高い男の子と内気な女の子に育ったら面白いねなんて言って、私達はそれぞれに仕事に区切りをつけるべく動き出して……。  初夏のある日、私の横で40センチ上空から遼が微笑む。  私は壊れそうなほどに小さな命を胸に抱いて、すべての思い出を宿すこのマンションに、幸せな気持ちで帰ってくる。  そこには、たくさんの笑顔が待っている――。
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