TOKYO

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人は何歳で物心がつくものだろうか。満島(みつしま)結衣(ゆい)の場合、それは5歳か6歳か、多分そのくらいの年齢だったと思う。それは平均より少しばかり遅かったと言うべきだろう。 結衣は小学校以前の記憶が曖昧か若しくは(ほとん)ど無い。 結衣が物心ついた時、彼女は港区のタワーマンションの最上階で父と暮らしていた。都会の裕福で、しかし忙しい家庭。好むと好まざるとに関わらず、そうしたある種の設定の中に結衣はポンと置かれたのだ。 ”あなたの位置はここです”。機械音が鳴る。 グーグルマップの地図上にランダムで設定された位置をストリートビューを使って推測するゲームのように、結衣は自らの状況について出来るだけ正確に把握しようとする。 自分が社会の中の、歴史の中のどの位置にいるのか。何をし得て、何をし得ないのか。 結衣がこれだけ苦労している一方で、同級生の多くは自然に自分の状況を受け入れることが出来ているように見える。そのことは結衣にとって不思議に思えた。彼らは総じて幸せそうだ。その幸せが一体どんな理由で与えられているのか、何の疑問も抱きはしない。彼らのいるべき位置は、今まさに彼らが存在する場所であって、他の何処でもないことが自明な事柄として馴染(なじ)んでいる。彼らにとって世界は東京と自分の位置を中心に同心円状に広がっているのだ。 もし、彼らが不幸であったら、こう考えるかも知れない。何故私はこんな星の下に生まれついたのだろうかと。私は幸福になるべきだと。しかし、自分を不幸だと考える人は、少なくとも自分が恵まれない位置にいること知ってる。そしてその位置から抜け出す為に、どの方向に進めば良いかも分かる。 しかし、結衣は自分が幸福なのか、不幸なのか、それさえ判断がつかない。自分の置かれた位置が見えないのだ。進むべき方向があるとすれば、それはどちらの方角なのだろうか。 ここはどこ? 結衣は心の中で叫ぶ。 結衣は絵を描くことで、自分の位置を探していた。まるでアンテナ立てるみたいにして、結衣は出来る限り精度の高い絵を描こうとうする。宇宙の外から届く微弱な電波を一生懸命集める為に、絵はどうしても正確でなければならなかった。 GPSが複数の衛星との通信によってその位置を判定するように、結衣は何枚もの絵を描いてそこに反射する自分の位置を探すのだ。 しかし、15歳になった結衣は未だに自分の位置を見つけられずにいた。
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