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「27番、立て」
しまった。笑ってはいけない時間である。芸人のネタに対してだろうが己に対してだろうが監視員には知ったこっちゃない。
一度目は列の端で直立不動姿勢。二度目は懲罰房行きだ。
俺は立ち上がり通路側へと移動しながら、そのときになって初めて芸人の顔を見た。
バチッ──実際に音が鳴ったわけではないが、それほどに強く、俺の視線を俺を見つめる視線が捉えた。芸人コンビのうち背の小さい方が、俺のことを凝視していたのである。
なんで、こんなところに──
コンビの片割れにいる彼は、俺が最も愛した男だった。十年ぶりの再会がまさかこういう形で果たされるとは思いも寄らなかった。
「そこ、早くしろ」
列の真ん中で立ち止まった自分への叱責が漫才の邪魔になる。俺はそそくさと端に移動し、気を付けの姿勢を取った。ここでようやく漫才の内容に耳を傾ける。
彼らが披露しているのは、家出した息子と叱りに追いかけてきた父親のネタであった。俺は聞きながら眉間に皺を寄せ、熱くなる目頭を必死で押さえつけた。
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