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夏が来るのが遅い年の、やっと夏が来たと感じるようになった頃の話です。
ある日、夕陽が落ちる瞬間が見たくて、私は海岸を散歩していました。もう日暮れ前ですから、昼間あふれるようにいた海水浴客も、遠くの方でテントをたたんでいる人が、一人、ふたりと見えるだけでした。
行くあてもありませんからぶらぶらと砂浜を歩いて行くと、サンダルが片方、落っこちていました。
「おや、誰かの落とし物だ。だけどなんで海に落ちてるサンダルって、いつも片方なんだろう?」
と私は少し笑って呟きました。
どうして笑ったのかというと、サンダルは両足にはいて帰っていくものでしょう? どうしたら片方だけなくなるのかな、と思ったら、おかしかったのです。
私の声は、独り言にしては大きな声でした。周りに誰もいないと思って、気が緩んでいたのです。
「その理由、知りませんか?」
と後ろから声をかけられました。私の大きな独り言が聞こえてしまったのでしょう。
振り返ると女の人が立っていました。肌の色が白くて、風に揺れる長めのスカートをはいていました。
年は私よりも少し下かな、という印象でした。
けれど彼女がどんな顔をしていたのか、と、それが思い出せないんです。彼女が大きなツバのついた、帽子をかぶっていたせいかもしれません。
でもきれいな人だったんじゃないか、と思いますよ。
「サンダルが片方しかないのは、サンダルが海で亡くなった方のたましいを、あの世に運ぶ船だからなんですよ。でも人のたましいには、足がないでしょう?
だから片っぽうが、海岸に残されるんです」
「そうなんですか……」
私は面白い話だな、と、思って相づちをうちました。たましいには足がないから、なんて、どこか筋が通っているじゃありませんか?
私は彼女の顔をよく見たくなって、帽子の中をのぞき込もうとしました。
しかしその時、海から風が吹きました。
彼女のスカートがふわりとひるがえったので、私は彼女の方を見るのはやめて、海に目を向けました。男性のマナーですからね。
ザザン、と波が打ち寄せて、サンダルが片方、打ち上げられました。
「あら。」
と彼女は言いました。そして打ち寄せられたサンダルを手に取ると、私が見つけたサンダルの横に置きました。
「二つ、揃いましたね。」
なんの気なしに、私は言いました。
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