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その四 桃太郎
兄様は、十数年前の親爺様とくさ男の決闘事件以来、不遇の生活に身を置いている。
働かないと食べていけないので、最初はなんでもいいから仕事をもらっていた。つい数年前から、ようやく藩に再び召し使えられることが叶ったが、当然それは以前のような地位ではない。ごく低い身分の侍としてお勤めに励んでいる。
兄様は苦労して、苦労して、とうとうホトケみたいな人柄になっていた。
「気をつけてなあ」
地蔵のような微笑みを浮かべながら、やつれた顔で兄様は手を振った。
同じように地蔵のような微笑みで、兄様の後ろで義姉様も手を振った。
そのまた後ろでは、三人の女の子が、これまた仏のような微笑みで手を振った。
お通じ姉ちゃん、気を付けてねえ。
播磨の国はなにが美味しいの。
お土産待ってるねえ。
「物見遊山に行くんじゃない」
わたしは釘を刺したが、子供たちは無邪気だ。ただただ楽しそうにしていた。
わーい、姉ちゃん、頑張ってねえ。
母上、きびだんご渡したのお。
姉ちゃん、犬さんと猿さんと雉さんによろしくねえ。
(桃太郎か)
がたんぴしゃ、と、玄関をしめ、桜の花が舞い落ちる早朝の空を見上げた。
今日も良い天気だ。
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