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それはそれは汚くて臭い男に兵法指南役がやられたということで、藩の殿様は、この上なく気分を害された。当然である。
秋山はなにをやっているのか、初心を取り戻し一からやり直すが良い、ということになり、一夜にしてうちは閑散とした荒れ屋敷となった。使用人も、道場に通って来る若い衆も消えた。
親爺様の四十九日が終わり、忙しいのが終わったら、どうしてこんな酷いことになったんだろうと、つくづく思うようになった。
可哀そうな兄様は職を探してあちこち出歩いている。たまに日銭稼ぎが入ったりするが、惨めなものだ。とにかく仕事を見つけなくてはならず、兄様はほとんどうちにいなかった。
だから、わたしはだいたい一人きりだったのである。
幼いころから育てられてきた、この広いうちの中で、一人。
武士の娘は泣かない。
それに、あまりにも急で理不尽だったものだから、嘆きよりも茫然自失といった感が勝る。
(なんだあれ、誰だあれ)
あの日、わたしはその臭い男を見たのである。
あいつが初めてうちを訪れて、親爺様に決闘をしたい、と申し込みにきた時に、たまたま玄関付近に居たものだから。
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