その二 くさ男

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 引き戸を開けた玄関には、午前の清い光が差し込んでいた。その白い光の逆光で、でかい男がぬうんと立っていた。  でかかった。  そして。  「とても、臭い」  (腐った魚と、厠と、親爺様の足の裏を合わせても、ここまではなるまい)  と、わたしは思った。  くさ、と面と向かって言われても、男は微動だにしなかった。この臭さである、たぶん言われ慣れすぎて、どうでもよくなっているのに違いない。  臭い男は実に汚らしい、色がくすんだ着物と袴を纏っていた。いでたちからして旅の人らしい。刀をさしているところを見ると武士なのだろうけれど、それにしても汚い。臭い。  あまりの酷さに、雑巾がけの水をかけたくなった。  臭い男は、全くこちらの心情を汲もうとせず、ただ、秋山何某という剣の使い手と決闘をしたい、引き合わせてくれとだけ言った。  逆光の影の中で、細い目だけが光って見えた。見る人が見たら、まさにこれぞ剣豪の眼光というところなのだろうが、幼いわたしには、ただの怪しい人にしか見えなかった。  「親爺様は道場だ。うちにはおらん」  と、わたしは言い、これやるから帰れ、と、手に持っていた濡れた雑巾を手渡しした。  男は雑巾を無言で睨みつけた。ほとほとと空いている玄関から桜の花びらが零れ落ちてきて、汚い男の肩にちらちらと止まった。     
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