序章・出立の誓い

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そこに現れたのは一台の馬車だった。幌には王都ツェントルムの名が刺繍されており、王都行きの上り馬車であることが理解できた。 「…よし、行くか。じゃあみんな、今までありがとう!俺、頑張ってくるから!!」 アーディは精一杯の笑顔で手を振ると、今まで世話になった村に背を向けて一心不乱に駆け出した。背には荷物、腰には剣、手首にはスカーフ。人々の想いと夢を背負って、青年は一歩を歩み出したのだ。 そして馬車の横で止まると、その木造の扉を開けて階段を登った。ここからは三日間の長旅が始まる。馬車の椅子はクッションがあるとはいえ木造で、車輪の震動がダイレクトに尻に走るので耐えられるかどうか考えあぐねていると、不意にもう一方の扉が開いた。 「…え?」 そこにいたのはメリシアだった。彼女もまたポーチに道具を詰め、手には昼食が入ったバスケットが握られている。そして額には昨日プレゼントした髪留めがあり、その表情はどこかバツが悪そうだった。 「め、メリシア?なんで?」 「……じ、実は私もこの馬車なの。…私の仕事先も、首都だから」 「……ふ、ふーん……」 気まずい。率直に言ってそれが二人の共通認識であった。昨夜あれだけ大層に別れを告げて、いい雰囲気にまでなったのに、またこうして馬車で移動するなど、喜ばしい事だが少し気まずいというのが率直な感想だった。 「……お昼、食べる?」 「…お、おう」 感動ムードから一点、いつもの二人らしからぬぎこちない雰囲気のまま、馬車は首都に向けて動き出したのだった。 そして、朝日へと向かって行くその馬車を見送りながら、両家の人々は顔を見合わせる。 「…メリシアちゃん、アーディと同じ馬車に乗りましたな」 「…あの、ハンスさん。アーディくんの勤務先を聞いてもいいですかね」 「ああはい、確か……」 アーディの父がメリシアの父に知っている限りの情報を伝えると、横にいるメリシアの兄・ジルスと顔を見合わせた。 「ジルス、これは…」 「はは、これは…母さんもだいぶ安心するんじゃないかな」 「俺も安心でさぁ。あの馬鹿だけじゃ、ちょっと心配だったもんで…」 両家の安堵したような笑いが響く、朝のエルンタル。二人の若者の出発を、今度は輝ける朝日が祝福していたのであった。
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