11人が本棚に入れています
本棚に追加
ヒーリアの職場はその喫茶店を左手に歩いて、二つ目の角を左折した先にある。傍から見れば民家と変わりない木造の一軒家。しかしその軒先には剣と鎌が鍋の前で交差した独特のエンブレムが刺繍されたタペストリーが掲げられ、何かしらの事業を行っていることが理解できた。
その下に金糸で刺繍された文字は「カンパニー本部」。その門扉は広く開かれ、困る市民の来訪を待ちかねているように見えた。
そんな職場に辿り着いたヒーリアだったが、彼女の眼前に広がっていたのは、互いに額をくっつけんばかりににらみ合う男女であった。あまりの剣幕に、剣呑という言葉はこういう場面を言うのだろう、とヒーリアは一人合点してしまう。
「俺はこれから面接だ。なんでまだいるんだよ」
「それは私もなんですけど」
「ていうかお前の職場はどこなんだよ。いい加減教えろってば」
「だからそれは――」
「あ、あの~…」
まさしく一触即発。特に男性の方は剣も差しているし、朝から刃傷沙汰は困ると思ったヒーリアは恐る恐る声をかける。すると二人は恐ろしい顔つきのままこちらをゆっくりと振り返ってきた。
「ひっ…」
「なんすか」
「見ての通り取り込み中なんですが」
ヒーリアは顔こそ微笑を浮かべているが、心の中では泣いていた。彼女は事務処理力の高さと愛らしい声から窓口業務をしており、仕事柄困った客の対応はしたことがないわけではない。それでも朝一番から敵意むき出しの目線を向けられるとさすがに気圧されるというものであった。
「あ、あの~…カンパニーに何か御用でしょうか…?話なら中で窺いますから、ここで喧嘩は…」
やんわりと指摘すると、二人はようやくばつの悪い顔をしながら離れた。話が通じることに内心安堵しながら、ヒーリアは再度向き合った。
「さて、どういったご用件で…って、あれ?」
すると、ここでヒーリアはようやく二人の顔を確認できたため、素っ頓狂な声を挙げる。そして二人の顔をまじまじと見比べると、手を打ち合わせて顔を明るく輝かせた。
「もしかして、二人共今日から入るっていう新人さん!?」
「なっ!?」
ヒーリアの嬉しそうな声とは正反対に、驚いた声を挙げたのはアーディ。その横ではメリシアが恥ずかしそうに顔を伏せていたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!