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「パンツ落ちたって言おうとしたのに」
「え」
床には確かにさっき脱いだパンツ。宗二郎はここで洗濯をしない。どこに干しても虫にたかられ、ついでに潮の匂いが染みつく気がするからだ。ここに来るときは、泊まりでもないのに着替え一式を持参してくる。
「俺も潮くさいだろ。おまけに汗と油と煙と色々」
「佑はいい……」
宗二郎の恥ずかしそうに目を伏せた瞼にそっとキスをする。腰に回された腕がぴくりと反応し、黒目がちの瞳が佑を見つめる。
「俺も風呂入っていい匂いになってくる」
「うん……おでん食ってていい?」
「さっきあんだけ食ったのになー」
「胃下垂ナメんな」
宗二郎は『痩せの大食い』で、ここでも風呂とベッドの中以外、常に口をモグモグ動かしている。中でも売れ残りの、クタクタに出汁の浸みたおでんには目がない。完売すると不機嫌になるから、週末はいつも、玉子、大根、平天二枚を頃合いを見て引き揚げ、冷蔵庫に隠しておく。家の者に見つかるとさっさと鍋に戻されるからだ。佑がレンジで温め直してやると、宗二郎の顔が幸せそうに蕩ける。この顔を見ているだけで、佑まで幸せになった。
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