暗渠《あんきょ》

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 ブルーシートの合間から、青白く膨れた足がちらりと見えた。  何人もの警官がせわしなく立ち働き、その手に持つ懐中電灯が放つ強烈な白い光とパトカーの赤い回転灯光が夜闇に踊っていた。 「ああ、嫌なもの見ちまった」  遅くまで仕事に追われ、やっと帰ってきたところで遭遇した出来事にAさんは心底うんざりした。  ドブ川の御徳用サイズとでもいうような都会の薄汚れた川。こんな川に落ちるなんて、どうせへべれけに酔っ払ってでもいたんだろう。  野次馬根性を発揮して人だかりに交じって話を聞いていると、死体はこの先の暗渠(あんきょ)の中で汚泥清掃をしていた清掃員に発見されたようだ。若い女の土左衛門だが、体内にガスが溜まって相撲取りみたいに膨れ上がり、破損させずに引き揚げるのに苦労したらしい。  微かに甘いような腐敗臭があたりに漂っているような気がした。Aさんはそれは攪拌された川のヘドロの臭いだと思い込むことにした。    川沿いの狭い路地に停められたパトカーのすぐ先にAさんのアパートはあった。ちょうど川が暗渠に変わるあたりにある木造モルタル二階建て築三十年の安アパート。  部屋に入ると室内に籠った、まとわりつくような温気(うんき)を追いやるためにエアコンのスイッチを入れる。アパートが建ったときから設置されているかのような古いエアコンは効きが悪く、室外機はやたらと喧しかったが、つけないよりはましだ。  布団に入ってからも、水死体のふやけた肌が頭から離れず、腐臭が鼻にこびりついているような気がして、いつまでも眠りは訪れなかった。
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