暗渠《あんきょ》

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 まずいと思い、強く目をつぶって意識をはっきりさせるために激しく頭を振った。  すると、さやさやと心地よいせせらぎの音が聞こえてきた。こんな音を聞くのは小学生のころ以来ではなかろうか。優しい風が頬を撫でていく。  そっと目を開くと、あたりは光に包まれていた。日光を青々とした若木の葉が遮り、木漏れ日が射している。どこか深い山奥の谷川にいるようだ。黒く濡れた岩の隙間を清冽な水が流れている。涼しげな水音が、触れれば手が切れそうなほどの冷たさを想像させる。Aさんは思わずゴクリと喉を鳴らして川に向かって歩き始めた。  すると岩陰から、幼い子どもならではのくすぐったがるような屈託のない笑い声が聞こえてきた。ぱしゃぱしゃと軽やかに水をかき分けて歩く音も。  岩陰から一人の少女が現れた。手には少女にはやや大きすぎるようなタモ網を持ち、きらきらと光る魚影を楽しそうに追っていた。  少女は岸辺にいるAさんに気づくとニッコリと笑った。乳歯が抜けたところなのだろう、前歯が一本欠けている。  そして小首をかしげてAさんに向かって手を差し伸べた。頑是ない子どもの愛らしい仕草。「一緒に遊ぼう」と言っているかのようだ。  Aさんの脳裏にはるか昔、楽しかった子どものころの川遊びの記憶が鮮やかに蘇った。ふらふらと二、三歩足を踏み出したときのことだ。  強烈な白い光が目を射たのは。
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