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次の日からは、なんとなく声をかけても、なんとなく答えてくれるようになった。 6日目。 「コーヒー好きなんですか?」 「あ、はい。」 7日目。 「何のお仕事されてるんですか?」 「ただの、サラリーマンですよ。」 8日目。 「いつも眠そうですね。」 「はい、これからも徹夜です。」 9日目。 「今日のコーヒー、温かいのなんですね。」 「寒くなってきましたしね。」 「いつも喋りかけちゃって、すいません。」 「いえ、大丈夫ですよ。」 毎回短い会話だけ。それだけでも、話せることが嬉しかった。 コーヒーを飲んで、眠い目をこするあなたに、『頑張って』って言えてる気がして。 金曜日の夜。 いつもの自動販売機に立ち寄った。会える気がしたから。 あ、あの後ろ姿は……。 違う人か。そんな毎回会うわけないよなあ。 何飲もうかな。 烏龍茶のボタンに手を伸ばそうとした瞬間、 「あの、」 「え?」 振り返ると、彼の姿が。 彼から声かけてもらったの、初めてだ。 どんなこと、言われるんだろう。 「こんばんは。」 なんだ、それだけか。 「あ、こんばんは。」 でも、あなたの笑顔を、初めて見た夜だった。 「あなた、コーヒー淹れといたよ。」 「ありがとう。」 「はい、砂糖ね。」 「ああ。」 今でも無口なあなただけど。 「なあ、」 「何?」 「お前の淹れたコーヒーが、一番だな。」 「ありがとう。」 当たり前でしょ。 自動販売機に負けない、あったか~い気持ちを、カップに込めて。 「お仕事、頑張ってね。」
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