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「ああ、あの本を読み疲れた学生にコートを優しく掛けてくれていたという図書館司書の女性、……あっ」
「そう。そして彼女が交通事故で亡くなってしまったあと、彼女を慕っていた学生たちが寄付したあの鏡に、きっと宿っているだろうって言われていた、あの」
「そうか、そうですね。その図書館司書の女性って、美琴さんのお婆ちゃんかも」
「うわぁー、ちょっと怖いかもー。この繋がり」
「栞? そんな言い方したらダメだよ? これはすごく素敵な物語だ。僕が作ったあんな空想のラジオドラマより、ずっとずっと素敵な、何十年もの時を経て届いた真心の物語」
美琴さんはよく意味が分からない様子で、きょとんとして首を傾げている。
「そうですね。あの鏡の中にいた幽霊、いや、美琴さんのお婆ちゃんが、ずっと美琴さんを見守ってくれていたのかも知れませんね」
そうだ。
だからあの鏡の中の幽霊は、きっと僕に味方してくれていたんだ。
『そっちじゃないよ』
本当は空耳だったんだろうと思う。
でも、僕にはそう聞こえた。
とても優しい、とても懐かしいその声。
きっとお婆ちゃんが鏡の中から見守ってくれていて、僕がちゃんと美琴さんを幸せに出来るように、美琴さんがちゃんと幸せになるようにって、優しくて素敵な魔法を使ってくれたんだ。
そんな思いが、すーっと僕の頭の中を巡った。
非現実的、非科学的な感傷。
そんなことがあるわけ無いって、いろんな偶然が重なったんだろうって、人はみんな言うと思う。
でも、僕にはそう思えた。
僕が美琴さんと出会えたのは偶然じゃないって、そう思えたんだ。
僕は放送研究部に入って「僕が恋した図書館の幽霊」の制作に携ったから、図書館へ行った。
この大学を選んだから、この放送研究部に入った。
高校のときに放送部をやっていたから、中学のときに音の世界を知ったから、そのどれが欠けても、僕は美琴さんと出会えなかった。
そしてもしかしたら、本当はそのずっと前、僕らが生まれるずっと前からこの物語は始まっていたのかもしれない。
父さんが歩さんと出会わなかったら、歩さんが高校で放送部に入らなかったら。
そして、あのとき歩さんが、……奏さんと出会わなかったら。
歩さんが奏さんを想って作った三十年前の「図書室の幽霊」を知らなかったら、僕は図書館で初めて美琴さんのために紡いだあの言葉を見つけられなかったかも知れない。
本当は、その運命の繋がりは誰が作ったわけでもないと分かっているのに、この世の中は偶然の積み重ねで出来ていると知っているのに、僕にはそのどれもが必然のように思えて仕方なかった。
気がつくと、美琴さんがそっとハンカチを出して僕の頬にあててくれていた。すごく心配そうに僕を見上げている。
「大丈夫。ごめんね? 悲しいんじゃないから」
僕はそう言って、美琴さんに柔らかな微笑みを投げた。
四号館を出ると歩さんたちは真っ直ぐ正門のほうへと歩き出し、僕と美琴さんもそれに続いた。
レンガ色の学生広場では、たくさんの人たちが学園祭を楽しんでいる。
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