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「創くんっ、あのね? ちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだけど」
「えー? 先輩の依頼は面倒くさいのが多いんですよねー」
「えへへー」
「その笑顔、なんかすっごくイヤな予感しますね」
僕が本気でイヤそうに低い声で返すと、優花先輩は大きめのバッグをよいしょと肩に掛け直して、階段の最後数段をぴょんと飛んで僕を追い越した。そして着地と同時にぱっと振り返ると、さっきよりもっと優花スマイルをキラキラにして、僕の顔を下から覗き見上げて言葉を続ける。
「今年の秋の学園祭制作に向けての話なんだけど、もうすぐ『平成』が終わっちゃうからさー、放送研究部は『平成の集大成』をテーマに展示をやろうって話になってー」
「それはどこの話なんですか。優花先輩の脳内会議の話でしょ」
「ちがうのー。三年生全員で話したの。でね? ちょうど平成が始まった頃の我が部の話題になって、『当時の方法でラジオドラマを作ったら』ってことになってね?」
昔はどんなだったのか知らないけど、今は映像でも音声でも基本的にデジタル処理が普通だ。
たぶん平成が始まった三十年近くも前なら、全般的にかなりアナログなやり方で番組を作っていたんだろう。ちょっと想像がつかない。
学食へ向かって歩きつつ、いろいろと一方的に話す優花先輩にだんだん腹立たしくなってきた僕は、ちょうど学食がある七号館の入口に差し掛かったところでちょっと眉根を寄せて、バッサリと花先輩の言葉を遮った。
「もう前置きはいいです。結局僕に何を手伝わせたいんです?」
「おおー、ごめん。それがさぁ、私、その『むかし技術番組制作』の監督になっちゃったんだー。で、創くんに手伝ってもらいたくてさー」
「なんで僕なんです? もっと技術的なこと詳しい人いっぱい居るじゃないですか」
「えー? 創くん、いろいろ詳しいじゃない」
「そんなことないですよ。それから、そんな面倒くさいのイヤですし、それに」
「もうっ! いいじゃない。私は創くんがいいのっ!」
両手をぐーにした優花先輩が肩を怒らせて地団駄を踏む。
「はぁ、ほんっと、なんの説得力もないですが、仕方ないです。学園祭のためですんで、一応、お力添えします」
「うわー、すっごくイヤそう。でもそう言いながらいっつもちゃんと助けてくれるもんねー、ソウくん?」
「創です」
「えへへ」
優花先輩はいつもこんな感じだ。だから結構な無理難題を言われて最初は腹立たしく感じても、みんなついつい彼女のために頑張ってやってしまうハメになる。僕はいつもこの優花スマイルにのせられないように距離をとっているんだけど、今回は学園祭に向けた話なので、仕事として請け負うのは仕方ないと諦めた。
「じゃ、とりあえず今から図書館行ってきます。三十年前とかよく知らないんで」
「えー? 一緒に学食でお昼食べるって言ったのに」
「僕と食べても面白くないでしょ? 毒舌ばっかり吐くし」
「そんなことないよぅ」
「あんまり腹減ってないんで」
「じゃ、私も図書館に」
「一人で行きます」
「えー?」
調べ物をするのは一人のほうが効率的だ。特に優花先輩にみたいに人懐こい人がそばに居ると気が散って仕方ない。
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