第一章 1

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 僕が所属しているこの放送研究部は、その内部が「アナウンス課」と「制作課」に分かれている。  僕は中学・高校とずっと放送部をやってきたけど、それまでの放送部ではこんなふうにはっきりとアナウンス担当と制作担当が分かれていることはなかった。みんなで制作もアナウンスも両方やるのが当たり前。  でも僕は喋るのは苦手だし、放送部以外では作曲とかバンド活動なんかもやってて音に対するこだわりが特に強かったから、ずっと制作側、しかも音声の担当ばかりやってきた。  だから、この放送研究部に入部してすぐ尋ねられた課の選択でも、僕は迷わず制作課を希望したんだ。  今日は四限目が突然休講になったので、僕は早めに部室に来て歴代の先輩方が残していった作品のテープや壊れた機器などが詰め込まれている倉庫、通称「開かずの一畳間」をひっくり返して「むかし制作」の役に立つものが無いか発掘作業を行っていた。  アナウンスブースの扉の前で、中に居る僕に向かって荒木が声を掛ける。社交辞令だ。 「何探してんだ? 手が要るか?」 「いや、いいよ。ここ狭いからお前みたいなデカイのは邪魔」 「はぁ、お前ほんと口のききかた知らないな。人がせっかく手伝ってやろうって言ったのに」 「悪かったな。精一杯の感謝の気持ちを込めたつもりだったけどな」 「まぁ、金持ちのボンボンだから仕方ないか」 「荒木の物言(ものい)いも同じようなもんだろ」 「お前相手のときだけだ」  アナウンスブースの奥にある「開かずの一畳間」には、いつの時代の物か判別できないような大量のテープ類があって、中にはもう再生するデッキ自体が無いオープンリール式の音声テープや、VHSよりひと回り小さいベータ形式のビデオテープなどがひしめいていた。  放送研究部の部室があるのは、キャンパスの北の外れにある八号館の五階。八号館はもっぱら「サークル棟」と呼ばれている。  エレベーターが無いので毎回五階まで階段で上がるのはなかなかしんどいが、部室は北東の角部屋なので窓が二方向にあって中がとても明るく、活動環境としては申し分ない。  北側にあるアルミドアの出入口を入ると、十五畳ほどのコンクリート床のミーティングスペースがあって、その南側の左にミキサールーム、右にアナウンスブースが並んでいる。  僕が家捜(やさが)ししている「開かずの一畳間」は、そのアナウンスブースの奥だ。  東側の通路に面したミキサールームは窓があってずいぶんと明るいが、アナウンスブースは奥まっていて昼間でも薄暗い。そして、そのふたつの部屋の間は防音ガラスで仕切られて、互いに様子が分かるようになっていた。 「ふん」  荒木は不機嫌そうに鼻を鳴らしてミキサールームに入ると、ドカッと音を立てて椅子に腰掛けた。アナウンスブースから見ると逆光になって、ミキサールームに居る荒木の表情は(うかが)えなかったが、奴が呆れたような態度でこちらを見ているのはなんとなく分かった。  しばらくして発掘作業も大方(おおかた)見終わり、最後に一番奥の縦に重なったカラーボックスの上の、さらにその上に手を伸ばしたとき、ちょっとイヤな感じで上の段のカラーボックスがぐらぐらと揺れた。 「あ、やば」  声を上げて、(あわ)てて両手を伸ばす。  次の瞬間、カラーボックスの上に不安定に乗せられていた大きめのダンボール箱がぐらりと転げ落ちた。 「うわっ!」
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