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ガチャガチャガチャっ! というけたたましい音がアナウンスブースに響く。思わずのけぞって床に座り込んだ僕の頭の上にバラバラと降り注いだのは、無数のケース入りカセットテープ。
「橋本っ! 大丈夫かっ?」
荒木が駆け寄ってきた。
もわっと舞った埃を掻き分けて慌てて駆け入ってきた荒木が、座り込んでいる僕の脇を抱えた。狭いアナウンスブースからミーティングスペースのほうへ、煙のように埃が漂い出ている。
「ゴホゴホっ! だ、大丈夫」
「あーあー、散らかしちまいやがって。片付け手伝わねーからな」
「最初からアテにしてない」
僕はぐるっと腕を回して荒木の手をどける。
「そうかい」
僕から手を払われた荒木は「ボンボンが」と捨て台詞のようにつぶやくと、ガチャンと大きなドアの音をさせて部室を出て行った。
どうも奴とは合わない。
母子家庭だかなんだか知らないが、いちいち苦学生を標榜しては僕に突っかかりやがる。
確かにうちはどちらかといえば裕福な部類に入るとは思うが、それはそれぞれ生まれついた運命であって僕が自分で選んだわけじゃない。母子家庭で金が無いのなら、なんでわざわざ隣の県の私立大学に来たんだ。そう罵ってやりたい。
上がってきたムカムカを喉の真下で抑えつつ、さて立ち上がろうかと左手を床についたとき、すぐそばに落ちていたカセットテープケースのインデックスカードに目が留まった。
「ラジオドラマ『僕が恋した図書室の幽霊』」
よく見ると、タイトルの下にはこの作品の制作に関わった大先輩たちの名前が連なっていて、その下に小さく「一九九二年学園祭」と書かれていた。
僕が生まれる何年も前、ほぼ四半世紀前の学園祭用に制作された作品。
なぜか『図書館』じゃなくて『図書室』となっている。
少しドキッとした。
そのタイトルを見て、今まで思いもしなかったことがふわりと頭をかすめる。
もしかしたら僕は、あの「図書館の幽霊」の子に恋してしまったのかもしれない。
ここ最近ずっと僕を悩ませてきた謎の感情。
考えてみれば、僕は今まで誰かを恋焦がれたことなんてない。
中学も高校も放送部は女子がいっぱいで、僕はいつもその中で当たり前のように過ごしてきた。でも僕にとって彼女たちは単なる部活仲間で、そんな甘ったるい感情を抱く対象じゃなかったし、それにそんなに心を揺さぶられるような女の子も居なかった。
そんな感じで、僕はいままで一度も恋をしたことがない。
だから、もしこの感情が「恋」なのだとしても、その感情を味わったことがない僕に、それが分かるはずも無い。
分からないのなら、無いのと同じだ。
「ふん。そんなことあるもんか」
そう吐くようにつぶやいて、僕はその「僕が恋した図書室の幽霊」のカセットテープを上着のポケットに突っ込むと、まるで何かに取り憑かれたような、なんとも落ち着かない気分になって部室を出たんだ。
『ちょっと、創くん! いまどこに居るのっ?』
大学の隣、県立劇場の駐車場に入ったとき、スマートフォンから轟いたのは優花先輩の声だった。
「あー、どうしました?」
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