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エピローグ
上演が終わるとまるでそれを待っていたかのように、正午を告げるチャイムが学内に響き渡った。教室の前の廊下では、制作に使用したカセットデッキやミキサーなどを「むかし機材」と称して並べて、ささやかな展示会が行われている。
会場の教室を出たところで、栞さんが歩さんの腕に手を回して、ひょいと下からその顔を見上げた。
「ねぇ、あっくん。私、その図書館の鏡、見てみたいなー」
「うん? いいよ。じゃ、帰る前に図書館に行こうかな。創くん、案内してくれる?」
「え? ああ、それがですね」
昨日の学内公開の途中、美琴さんと久しぶりに図書館に行ってみると、いつものあの壁に鏡が無い。不思議に思って図書館職員の人に聞いたら「一昨日の夜、突然割れた」って教えてくれた。
昨日からみて一昨日といえば木曜日、僕が駅で美琴さんをつかまえた、あの夜だ。
「そうか、割れちゃったのか。でもまぁ、ずいぶん古い鏡だったし、もう寿命だったのかな」
「そうですね。でも僕には、まるで『もう戻ってきちゃだめだよ』って鏡が送り出した美琴さんを僕が受け止めたような、そんな感じにも思えましたけどね」
「ほう、創くんの『幽霊』のラストだね」
「うわー、ロマンチストねー、創くん。あっくん負けちゃうよ?」
「はは、そうだね。次はロマンチスト対決でもするかな」
歩さんはちょっと苦笑いしたあと、その優しい瞳を美琴さんに向けた。
「そういえば、美琴ちゃんは図書館司書になりたいんだってね。どうして?」
顔を覗き込まれた美琴さんはちょっとビックリした様子で肩をすぼめて、それからなんだか恥ずかしそうに手話と口話で返事を返した。
『お母さんのためです。お母さん、ずっと病気で入院してて。お母さんも図書館司書になりたかったけど、いろいろあってダメだったらしくて』
「ふうん。お母さんがなりたかったから、美琴ちゃんもなりたいってこと?」
「美琴さん、図書館の閲覧室で、毎週毎週、小さな折り紙に願掛けの言葉を書いて千羽鶴を作ってたんです。そしてお母さんの夢を代わりに自分が叶えてあげたいって、その千羽鶴を病室に飾って」
あのとき美琴さんが新幹線ではなくて在来線のホームに居たのは、東京へ行く前にもう一度お母さんの顔が見たいと、お母さんが入院している病院へ行くためだったそうだ。
美琴さんのお母さんはどうやらもう治らない病気らしく、普段は隣の県に住んでいるお姉さんがいろいろな世話をしているらしい。
「そうか。お母さんの夢だったんだね」
『はい。お母さんのお母さんが、この大学の図書館で司書をしてたんですけど、ずいぶん若いときに亡くなってしまったらしくて、お母さんはその想いを継ぎたいって』
それを聞いた歩さんが、突然ハッとして僕を見た。
「創くん、さっきの話、案外ほんとかも知れないよ?」
「え? さっきのって、鏡が自分から割れて美琴さんを送り出したって話ですか?」
「うん。ほら、夏にキミの家にお邪魔して僕のラジオドラマを聴かせてもらったときに話したろう? この鏡の中の幽霊は、本当は幽霊じゃないって」
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