エピローグ

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「今日、このまま帰るんですか?」 「うん。キミのお父さんちょっと忙しいみたいなんで、今日は会わないってことになったから」 「そうですか。では、まだいろいろお聞きしたいことがあるんで、また近いうちにお顔を拝見させてもらいに行きます。今度は美琴(みこと)さんも一緒に」 「いいね。いつでもおいで。でも、もう放送部を辞めちゃうんなら、僕に聞くことなんて無いんじゃない?」 「いいえ。これからのほうが聞くこと山盛りです。僕、将来は福祉関係の仕事に()きたいと思ってるんです。聴覚障がい者の人たちの手助けをする仕事がやりたいと思って、それで福祉課の(あゆむ)さんにいろいろお尋ねしたいなと」 「そうか。別に専門の学校へ行ったりするの?」 「そのつもりです。それで金曜の夜、父さんと美琴(みこと)さん、それに美琴(みこと)さんのお兄さんも一緒にいろいろと話をしまして」 「ほう。美琴(みこと)ちゃんのお兄さんもか」 「はい。僕、その専門の学校には、ちゃんと自分で働いたお金で行きたいって、自分の力で美琴(みこと)さんを幸せにしたいって、甘いかもしれないけど、そう父さんにわがままを言いまして」  それを聞いた(あゆむ)さんがゆっくりと口角を上げた。 「そうか」 「でも、大学は辞めるなと言われたので、二部に編入させてもらいます。そして、昼間は美琴(みこと)さんのお兄さんの会社で、ビルメンテナンスの仕事をさせてもらおうと思います」 「へえ、でも汚れる作業は嫌いだって言ってたのに」 「大丈夫です。頑張ります。それに実はこれ、美琴(みこと)さんが抜けるのでその穴埋めでもあるので」 「美琴(みこと)ちゃん、どっか別のところで働くの?」 「はい。美琴(みこと)さん、父さんの弁護士事務所で助手をしてもらうことになりまして。父さん、これから聴覚障がい者の弁護を積極的にやっていくそうで、その補助をって」 「へぇ、橋本くんが? そりゃすごいな」 「そして弁護士事務所での仕事中は、司書になるための勉強を(あわ)せてしてもらうってことで、父さんが知り合いに頼んでいっぱいサポートするそうで」 「そうか。よかったね、美琴(みこと)ちゃん。……あ、もうここでいいよ。駐車場、すぐそこだから」 「はい。ほんとすいません。わざわざありがとうございました」 「でも、これからが本番だね。(はじめ)くん、頑張って」 「はいっ」 「じゃーねー。(はじめ)くん、美琴(みこと)ちゃん。ずっと仲良くねー」 「お二人を見習いますっ!」 「あはは」  とっても爽やかな笑顔を残して、二人は正門の横の出入口から県立劇場の駐車場へ入っていった。  素敵だな、あんな二人になれたらいいなと、そんなことを考えながら僕はしばらくそこに立ち尽くして、二人の後姿を眺めていた。  ふと気がついて振り返る。  すると美琴(みこと)さんが伏せていた瞳をぱっと僕に向けて、ちょこんと肩をすぼめて柔らかな笑みを投げてくれた。  どうやら僕の名残惜しさが無くなるのを、ずっと待っていてくれたらしい。  本当に可愛らしい、あどけない瞳。 「ごめん。寂しかったね。さ、戻ろうか。最後の上演の準備もしないと」  美琴(みこと)さんはちょっと心配そうに「本当に放送研究部を辞めてしまうのか」なんて聞いてきたけど、もう僕は決めたんだ。  放送研究部はとても楽しかった。  でも僕には、もっともっと大切なものが出来たから。
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