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正門を背にして学生広場のほうへ歩き出すと、ずっと向こうに学園祭を楽しむ人垣が揺れているのが見えた。
いつものように美琴さんは僕の右隣に居て、ゆっくり僕と並んで歩いてくれている。これからはずっと、こうやって僕の隣に居て欲しい。
そういえば、お昼がまだだった。
何か美琴さんにご馳走できるようなものを出しているサークルが無いか、スマートフォンを取り出して学園祭の案内サイトを開く。
その画面には、秋らしい、どこまでも透き通った青い空が映り込んでいた。
気がつくと、美琴さんもスマートフォンを取り出している。
すると不意に、僕のスマートフォンが振動してメッセージが届いた。
隣を歩いている美琴さんからだ。
【創さん、お願いがあります】
実に丁寧な文言。
なんだろうと思って立ち止まり、美琴さんの顔を覗き込みながら返信する。
【どうしたの?】
【あのですね? これからは位置を代わってもらえないかと】
【位置? 何の?】
【歩いたり座ったりするときの位置】
え? って感じでもう一度美琴さんに目を向けると、美琴さんはニコっと笑って両手を広げて、飛行機が滑空するみたいに僕の右側からすーっと左側に移動した。
そして、おもむろに続きの言葉を送信して、ぱっと右手を差し出す。
【左利きの私の左手はスマホ専用、右手は創さんと手を繋ぐ専用】
ああ、そういうことか。
僕は思わず破顔して、ゆっくりと左手で美琴さんの右手を握った。
【よし。今日からはこの立ち位置で決定。僕の右手はスマホ専用、そして左手は】
そこまで書いて送ると、それを見た美琴さんが、うん? という顔をする。
僕はちょっと意地悪な顔を作って、その続きを送信した。
【僕の左手は『僕が恋した図書館の幽霊』が鏡の中に戻ってしまわないように、ずっとずっと優しくつかまえておくための専用】
小さな手。
ずっと守ってあげたい温かい手。
柔らかな薄紅色に頬を染めながら、美琴さんがふわりと僕を見上げている。
そしてすぐに、その返事は届いた。
【大丈夫。もう鏡の中には戻らないから。これからずっーと、創さんに取り憑いちゃうもん】
こんな可愛い幽霊に、一生取り憑かれてしまうなんて。
二人で顔を見合わせてクスッと笑う。
そして僕らはまた、ゆっくりと歩き始めたんだ。
もう一生離さない、柔らかく繋いだその手を楽しげに揺らしながら。
おわり
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