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柔らかなショートボブの黒髪は、普通の女の子なら活発な装いに見えるところだろうが、その掛けているメガネのせいか、彼女はとても物静かで内気な少女に見えた。
そう、少女だ。大学に似つかわしくない、あどけない少女。
薄緑色のジャンパースカートが春色の陽光に融けて、まるで花畑に腰を下ろしているかのように見える。
愛らしい、吸い込まれそうなほど可愛らしいその瞳に、僕は釘付けになった。
そして、そのとき僕の脳裏をかすめたのは、いつか放送研究部の先輩に聞いたあの話。
「この大学の図書館には、優しい女の子の幽霊が住んでいる」
なんでそう思ったのか分からない。
もしかしたら、彼女はその幽霊なのかも知れない、そんな非現実的なことがあっという間に僕の心を支配して、僕に後ろへ振り返ることをためらわせた。
視線を鏡から外して後ろを振り返りさえすれば、僕は彼女の姿を直接目にすることができるはずだ。
でも、なぜかそれが出来なかった。
振り返って、もし彼女が僕から見られていることに気がついて、どこかに隠れて見えなくなってしまったら……。そんなことあるはず無いって理性的な頭脳は理解しているのに、なぜか感情がそれを制した。
振り返って彼女が居なくなってしまうより、このまましばらく鏡の中の彼女を眺められるほうがいい、そんなことがずっと頭を巡った。
どれくらいそうしていただろう。
頬杖をついて、ゆっくりと本のページをめくる彼女。
息をすることを忘れてしまうほどに愛らしい、その鏡の中の彼女の姿を、僕はサークルが始まる時間寸前まで放心して眺めた。
そして、どうしても振り返ることができないまま時間を迎え、僕はおもむろに席を立って、そっと図書館を出たんだ。
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