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西側の窓際に立つ。腰よりも少し上の高さの資料棚と、灰色の業務用コピー機の間には、人ひとりが余裕をもって立てるくらいのスペースが空いている。
コピー機に背中を凭れて、そこに立つのが好きだ。右を向けばそれなりに賑やかな交差点が見下ろせて、前を向けば一輪の可憐なお花と目が合う。資料棚の上に飾られたそれは、この現代社会に働き疲れた社会人をほんのりと癒してくれる。
このスペースに立って深呼吸をする事は、最早日課となっている。硝子の花瓶から伸びる、茜色のイベリスの花弁を指先でそっと撫でた。
最近、気になる人がいる。顔も名前も分からないけれど。いい人である事だけは、確かだと思う。
花屋の朝は早い。玄関の扉の閉まる音と、次いで聴こえてきたトラックが発進する音に起こされて、ひとしきり唸ってから布団から這い出る。寝ぼけ眼を擦りながら窓へと向かい、いつも朝一番にしている通り、まずカーテンを開けた。
外はまだ薄暗く、明け方と呼べる時間帯である。しかし毎日この時間に、店主である弟は家を出て花市場へと出掛け、OLとして勤めに出ている私は出勤前に開店準備を手伝う為に起床しなければならない。
軽く身支度を整えて、二階の居住スペースから、店となっている一階へと下りる。低温で花の状態を保つ冷蔵庫のようなキーパーから花を取り出して、それらを見えやすい位置に並べ、店内の花の水をすべて入れ替える。その作業が終わる頃に、先代店主である母が一階へ降りてくるので、交代して私は出勤支度を終わらせる。
開店準備で汗をかくので、いつも化粧はこれからである。そして仕入れた花と共に帰宅した弟と軽く言葉を交わしながら、本日会社に持って行く花を選ぶ。四日前に持って行ったイベリスはそろそろ頃合いだろうから、今日は新しい花と交換しなければならない。毎回長持ちしないセール品の花の中から選んでいるので、どう頑張っても一週間ともたないのだ。
だから二週間に三回ほどのペースで次の花を持って行き、一部屋に一つずつ飾ってある花瓶の中身を入れ替えている。日の入らない備品置き場等には飾っていないので、そういった場所を除き、六つの部屋に花瓶がある。その全てが一輪挿しだから、持っていく花は六本で良い。
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