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五階と六階にはそれぞれ会議室に一つと、広い事務室に一つの花瓶が飾ってある。その内の六階事務室の花瓶の下には、たまに小さなメモが置かれているのだ。
初めてそれを見つけたのは三週間前だっただろうか。水を替えようと、まだ朝早く無人の六階事務室を訪れた時に、硝子の花瓶の底に、何か紙らしきものが下敷きになっていた。不思議に思って半分ほど隠れていたそれを引っ張り出してみると、小さく丸い文字で「いつもありがとうございます」とだけ書かれていた。これは誰が誰に宛てたもので、一体何故花瓶の下に置かれているのだろうと首を捻り、その日はメモを元に戻して終わった。
しかしその三日後に花を新しくした翌日、つまり四日後、またメモが花瓶の下敷きになっていた。今度は「今回の黄色いお花、かわいくて癒されました。ありがとうございます」。そのメモを読んだ時は驚愕した。
私に宛てて置かれていたメッセージだったのだ。
それからも毎日ではないが、週に何度か、花のお礼に関する内容のメモが用意されていた。私はいつも社長に次いで二番目に出勤しているから、メモはどうやら前日に準備されているらしい。
私は昔から社交的と呼べるタイプではなく、自己主張の弱い目立たない人間だった。そんな私が趣味で行っていることに対して、知らない人からこうして反応をもらえるのは初めてで。
私宛だと気付いてからはメモを大切に保管している。女子高生が書くような、細くて僅かに丸まっている、可愛らしい文字。新入社員の若い女性だろうか。
私には違う階で作業する他部署の人と関わる機会が、会社の行事くらいしか無いので、六階の花の下にメモを忍ばせてくれる女性が誰なのか知らないでいる。
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