気になる人

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 見覚えのある、女子高生が書くような、細くて僅かに丸まっている可愛らしい文字。右上には署名もしてあって、目の前の男性の社員証と同じ名前が書かれている。 「ありがとうございます、えっと……それ、いつもお花を飾ってくれている方ですよね?」  書類をかき集めながら、男性は私が待っているシャーレーポピーの袋を指差した。が、驚愕と衝撃と混乱で頭がうまく働かず、ぽかんと開いた口からは否定も肯定も返せない。 「良かった、やっと会えた。俺、コピー機と棚の間に立って、あなたが飾ってくれるお花を眺めながら一息つくのが好きで。次はその赤いお花ですか? 四日前からは白いお花だったので、また気分が変わって良いですね! イベリスでしたっけ。お花には詳しくないんですけど、あんまり綺麗だから検索して名前を覚えたんです」  コピー機? ああ、そういえば、六階事務室の花瓶は、コピー機の隣の棚に置いてあったっけ……。 「あ、俺のこと知りませんよね? 営業部なんですけど。たまに花瓶の下に手紙が挟んであったの、読んでくれてるんですよね。あれ書いてるの、俺なんです」 「……手紙、ああ、あのメモの」  ようやく言葉を発すると、男性はぱっと顔を明るくした。流石は営業部というべきか、男性は人懐っこくにこにこ笑いながら話を続ける。 「はい。毎日お花で癒してくれているのはどんな人なんだろうって、ずっと気になっていて。顔も名前も分からなかったんですけど、でも絶対にいい人なんだろうなって思っていたんです。今日はどうしても手紙じゃなく直接お礼が言いたくて、早起きして張り込んでたんですよ」  最近、気になる人がいる。顔も名前も分からないけれど。いい人である事だけは、確かだと思う。  そう考えていたのは、どうやら私だけではなかったらしい。
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