拒絶王

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 少年が無造作に立ち上がったのを合図に、再び時間が動き出す。 「ああぁぁ! うおぉぉ! わぁぁ!」  三百人の絶叫が響き渡る。個々の高度はまちまちだが、小麦粉の様に軽く宙を舞う。間もなく、自重と鎧の重さ、各々の飛ばされた高度により、硬い地面からのダメージを受けた。しばらく、だらしない呻き声が辺りに響き渡る。  少年は、高度な魔法を行使した。彼にとっては、呼吸をするような、呪文一つ、動作一つ必要のない魔法である。脳内で術式を組み立て、発動の引き金として、立つと言う動作を行っただけ。ただそれだけで、200km前後の鉄と肉の塊が三百体吹き飛ばされた。  その少年は、何事も無く一本の雑草を土ごと両手で救い上げていた。何かを乞う姿勢で、空に浮かぶ一つの白い雲を眺めて、口を少し開けているだけだった。 「明日は、雨ですかね?」  少年に寄り添う小さな少女が優しく声を掛けるも、反応は無し。茫然と、雲のゆっくりとした流れを、ただただ眺めている。瞼さえ動かさず、真っ黒なクマのある目を見開いて、ほんの少しの眼球運動が無ければ趣味の悪い人形にしか見えない状況を保っている。 「なるほど、もうしばらく晴天が続くのですね」  少女は、屈託のない笑顔で語った。彼女は、彼の代弁者と言う立場である。この世界で唯一無二の彼の通訳である彼女だが、その素性を知る者は彼のみ。普通の善良な市民ではない事は、皆が知るところではある。少なくともノーマルな人間では無い事は、お尻に着いた尖った尻尾を見れば分かる。 「そろそろ終わりにします。ランチがお待ちですから」  その言葉にようやく、数ミリだけ頷いた少年。それを見て、嬉しさが隠し切れない彼女は、小さな体を可能な限り伸ばして華麗に優雅に軽やかに舞った。
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