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雪が降る、寒い日だった。
歩いても歩いても変わらない景色に、私は言いようのない不安を感じていた。
雪の粒が肌に当たっては消えていく。冷たさは次第に痛みに変わっていった。
『早く帰ろうよ、お母さん』
この言葉を何度頭の中で呟いたことか。
そのうち真白の壁がこちらにまで迫ってきて、そのまま押しつぶされてしまうんじゃないか。そんなことを考えていると急に怖くなってきて、私は思わず隣の母を盗み見た。
獲物を狩る前のライオンのような、または絞首台にのぼり行く前のような、そんな顔だった。どちらにせよ、何かを決意した表情だった。
私は後にも先にも、母のこんな顔を見たのはこれが最後だ。
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