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私の目の前にコーヒーを差し出すと、たろちゃんは再び椅子に腰掛けた。何も言わない。何も訊かない。これはきっと、たろちゃんの優しさなんだ。
「ありがとう……でも、ご飯前なのに?」
くすりと微笑みかけると、たろちゃんは真顔で固まった。
「い、いーんだよ! 飲みたくなった時に飲めば!」
サヤエンドウの筋を取ろうとあたふたしている。でもそれは、もう筋を取り終わったやつなんだけどな。
昨日偉そうに恋愛を語っていた彼との違いが可笑しかった。ここにいるのは、間違いなくハタチのたろちゃんだ。
「そーだね。飲みたくなったら飲む。恋愛も……したくなったらすればいっか……」
「え──」
私の言葉が聞き取れなかったのか、たろちゃんは変な顔で私を見ていた。
流れに身を任せて恋愛、やってみようか。この年だけど……でもこの年だからこそ。今まで頑なだったのが、たろちゃんと話したことで不思議とそう思えるようになった。
たろちゃんは、不思議。
梨花や京子さんに言えなかった蓮見のことを、たろちゃんになら話せる。きっと彼が、行きずりの『ただの同居人』だからなんだ。名前も知らない、ただの──
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