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 天地が病を発したような、旱魃(かんばつ)の夏であった。照りつける太陽の下、草原も畑も黄色く色あせ、地に生えるものはことごとく倒れ伏していた。田に一滴の水もなく、山に鳥の声無く、雲ひとつ無い空は漂う土ぼこりにかすんでいた。死に絶えたのか逃散したのか、人気のない村に鶏の死骸がおりかさなり、肋骨をうかせた犬がわずかな日陰でうずくまり、牛舎では死にきれない牛がしきりと苦しげな叫びを上げていた。  そのような村をいくつも通り抜けて、若い武芸者が(さっ)(さっ)、と歩いていた。痩せこけ頬骨が浮き上がり、全身土ぼこりにまみれていた。両の目だけが白く光っていたが、その瞳にだけ若さに似ぬ不思議な落ち着きが宿っていた。  路傍に大きさのことなる地蔵が並んでいた。地蔵もまた乾いた土にまみれ、小さないくつかは殴り倒されたように地に横たわっていた。武芸者が歩みを緩めぬまま、そちらにわずかな間目を留めたとき、遠くからいくつもの足音とひび割れた叫び声が聞こえてきた。     
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