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 じりじりとした暑さに焼かれ、何もかも枯れ果て蝉の声さえ聞こえぬ山の中で、淵の周りにだけ青々とした草木が生えていた。淵は満々と水をたたえていたが、なぜか鳥も獣も近づく様子がなかった。淵を見下ろす場所に古い石垣が残っていた。石垣の上には焼け焦げた梁や柱とおぼしきものが見えた。その石垣は水面に映っている。それはあたりまえのことであろう。異様であったのは、淵の面に映る石垣が今組まれたばかりのように真新しく、その上には四層の天守を持つ壮麗な城の姿が、水鏡にだけ映っていることであった。 「見えるのですか、あの城が」 「見えるが見えぬ。水鏡にだけ姿が浮かんでいる」 「そうなのです。村の人間たちには見えない城です。私にだけ見えるのです。お侍様も、妖の血をひいていらっしゃるのですか」 「奥州藤原氏の裔でな、亡霊のようなものかもしれんが、ただの人間だ」 「そうですか」  娘はわずかに気落ちしたようであった。 「村の者も言っておったな。おまえは―― 「きぬと申します」 「きぬは人ではないのか」     
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