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「わたくしの母が十七のときにこの山に入り、神隠しにあったそうです。三月たって自分の足で里まで下りてきましたが、そのときには私を身ごもっていたようです。妖か山の精にでも犯されたのだろうと、村の者は信じました。お気づきになりませんでしたか。ほら、私の手には鱗があります。ほかにも、お見せできない場所に異形のしるしがあるのです」 「この城は何なのだ」  きぬの身の上には興味も同情も示さず、侍は地上の城を指した。 「昔の土豪の砦というか館というか、そんなものがあったと言い伝えられています。詳しいことは知りません。母の幼いころには土豪も滅びて、城もすでにこの有様だったと聞いています」 「(ぬし)というのは、この城の亡霊か何かか」 「龍とも、大鯰とも言われています。はっきり見た者はおりません。誰も近づかないのです。ここの魚を捕ったり、水を汲んだりしただけで、祟りがあると言われているので」 「そうか。では、この金子(きんす)を持ってどこへなりと行くがいい」  侍は懐から巾着をとりだしながら娘にそう言った。娘は侍の話についていけなかったのか、戸惑った顔をした。 「都はここ以上に荒れ果てている。海辺の村に住み着き、漁師に嫁げ。死なぬ程度には食べていけるだろう」 「でも、私は(あやかし)の血を」 「私にはたいしたことだとは思えん。陰日向なく働き、夫やその父母に心から仕えよ。そうすれば周りもおまえを大切に思うだろう」 「お侍様にはわからないのです。私は―― 「生きてみよ。やるだけやってみろ。勝手に答えを出すな」     
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