第一幕

11/46
前へ
/317ページ
次へ
「ほら、座れ。おい、座れってば。もう始業チャイムが鳴ってるだろ? 山本、お前はほんといつもうるさい奴だな」  教室に苦笑いを浮かべた教員が入ってくると、ざわめきは少しだけ収まった。背の高い女子生徒はスカートを手で折るようにして椅子に座った。 「ん? 斎藤、どうした? 気分でも悪いのか?」 「いえ」 「先生、斎藤さんはアレなのでちょっとお加減が悪いようです」  そういう声がすると、さっきまでとは違う種類のざわめきが起こった。子供たちが持つ好奇心と若干の悪意とが混じったようなざわめきだ。  女子生徒はただ背筋を伸ばすようにした。後ろに座っていた男の子は身体をひねり、声がした方を睨みつけた。 「先生、佐藤くんが僕を怖い顔で睨んでます。どうにかして下さい」  腕組みをして教員は首を振っていた。それから、声の主に近づき教科書で軽く頭を叩いた。 「山本、変なことばかり言うな。ほら、もう五分も無駄にしてるぞ。教科書開け。――ええと、この前は坊ちゃんが汽車に乗る手前までだったな。山本、そんなに元気があるんだったらつづきを読みあげろ。『出立の日には朝から来て、』からだぞ。ほら、読むんだ」  男子生徒が声を張り上げるようにして教科書を読んでいるあいだ、教員は歩きまわっていた。そして、睨んでいた生徒の肩に軽く手を置き、うなずいてみせた。 「『――プラットフォームの上へ出た時、車へ乗り込んだおれの顔をじっと見て「もうお別れになるかもしれません。ずいぶんごきげんよう」と小さな声で言った。目に涙がいっぱいたまっている。おれは泣かなかった。しかしもう少しで泣くところであった。汽車がよっぽど動きだしてから、もう大丈夫だろうと思って、窓から首を出して、振り向いたら、やっぱり立っていた。なんだかたいへん小さく見えた』」
/317ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加