6人が本棚に入れています
本棚に追加
「周――」
にこやかな顔をして強士の耳許になにか言うと、周と呼ばれた少年は首を前の方へ向けた。そこには背筋を伸ばして前を見ている女子生徒がいた。強士はつかんでいた腕を離した。
「山本、ちっと失敗したよなぁ。ああいうのは女子から嫌われちゃう発言ナンバーワンだぜ。こりゃ、しばらく女子から無視されちゃうかもなぁ」
笑い声が聞こえてきた。強士は真顔のまま席に戻っていった。もうすることがなくなったとわかったからだ。
「強士が腹たてるのもあたりまえだ。あいつはこのクラスの風紀委員みたいなもんだし、みんなから頼りにされてるもんな。それに、キレたらヤバいんだぞ。ま、俺なら強士をおさえられるけど、お前じゃ無理だろうな。これでクラスのほぼ全員がお前の敵になったってわけだ。もちろん、俺もお前の敵だ」
「佐伯ぃ、怖いこと言わないでくれよ」
「だけど、ほんとうのことだからな。ほら、まわりを見てみろよ。みんながお前のこと睨んでるぜ。とくに女子がな」
ひそひそ声も笑い声もやんでいた。強士は教室全体を見渡した。実際に睨みつけている女子も幾人かいた。うまいことやるな――と強士は思った。それから、前に座る背中を見つめた。
「ほら、謝っちまえよ。さっきみたいじゃなく、ちゃんと謝るんだ。そしたら強士も許してくれるよ。な?」
「ああ」
そうとだけ強士はこたえた。
「その、――なんだ、ほんとうにすみませんでした。強士、許してくれるか?」
周は強士の顔を見て、わからない程度にうなずいた。
「許すってよ。な? 強士。そしたら、女子全員にも謝っとけ。ほら、先生が来る前に終わらしといた方がいいぞ」
強士は前にある背中を見つめていた。その肩や首辺りをだ。それはずっと強張っていたけれど、すべてが終わり、周がその前の席についた瞬間に柔らかくなった。強士はそれを見て、口許をゆるめさせた。
最初のコメントを投稿しよう!