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姉の車を見送ったあと、晴海は、傘を差しながら、庭園へと向かった。その日は、「梅まつり」というイベントの最中であって、小雨であるにも関わらず、露店が多く出ていた。焼き物の匂いを嗅ぎながら、とぼとぼと歩いて行くと、門を入ったときに、晴海は、あっ、と息を呑んだ。
梅、また、梅である。
まるで別世界に迷い込んだかのような見事な梅林に、晴海は、ささくれた気持ちが、すっかりではないけれど、確かにいやされるのを感じた。梅林の中の小道を歩くと、梅にもいろいろとあって、色の違いや、枝ぶりの違いが、なかなか興味深い。スマホで写真を撮るほどまでは興味がなかったけれど、ふと姉のことを思い出して、撮っておいてあげた方がいいかもしれないと思い直して、カシャカシャやり始めたのだった。
1年前と同じその道を、晴海は今歩いている。梅は五分咲きといったところか。枝には蕾が多く見える。人はそれなりにいるようだけれど、雨のためだろうか、多くはない。
――ここだったな……。
晴海は、一本の梅の木の前で立ち止まった。
江南所無という名の梅である。
昨年のその日、この梅の前で一人の少女を見た。
小雨に濡れるのをいとわなかったのだろうか、彼女は傘を持たず、まだ咲かない梅の枝を見上げていた。
晴海は、思わず見とれた。
まるで花の精のような……。
詩心が無い晴海がそんなことを思わず考えてしまうほど、可憐な少女だった。
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