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そのあとのことは、今考えても、顔から火が出るほど恥ずかしいのだが――
折から雨脚が強くなって、
「よかったら……」
そう言って、晴海は自分の傘を彼女に差し出したのだった。
女の子のために一本しかない傘を差し出す。
一見美談に思われるが、よくよくと考えるとおかしな話である。そんなことをしたら、自分が差す傘がなくなって、水もしたたるいい男になってしまう。とはいえ、一度差し出したものを引っ込めることもできない。
もしもそこで断られていたら、晴海は、失恋の上に更なるショックを重ねるところだったが、そうはならなかった。しかし、傘を受け取ることもしなかった。彼女はなんと、晴海が柄を持った傘の下に入って来たのだった。
しっとりと濡れた黒髪が鮮やかである。
これまでの人生で一度あったかなかったかというほどの相合傘にどぎまぎしている晴海に、彼女は、
「この辺りの人じゃないですよね?」
と柔らかな声で訊いた。
「あ、は、はい。分かりますか?」
イントネーションの差でも聞き分けられたのだろうか。そう思った晴海に、女の子は、にっこりと笑って、ただの勘ですよ、と続けた。
「『偕楽園』は初めてですか?」
「は、はい」
「よかったら、ご案内しましょうか?」
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