第四章 告白

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「エレベーター降りて、左に行くと病室みたい」 「ん、わかった」 海にいた事が不思議なくらい、心の中が穏やかではない菫。デートをすっぽかしてまで直之と出逢わせた、巧のお節介を忘れてしまう程、とにかく今は容体が心配だった。 エレベーターのチャイムが鳴り、扉が開くとスタッフステーションが目に映った。早足で左へ向かった直之の背を追い、消毒液の匂いが漂う廊下を進む。 「501……ここか」 廊下の突き当たりで立ち止まった二人――角部屋のネームプレートには『降矢巧』と書かれている。直之が扉に手を伸ばそうとした時――ガラッと扉が開き、スーツ姿で小太りの中年男性が背を向けながら姿を現した。 「それじゃ拓海先生、頼みましたよ。無理はして欲しくないですけど――ただでさえラストを書きなおしてるんですから、そろそろお願いしますよ」 「はいはい、わぁってますよ」 室内から巧の快活な声が聞こえ、胸を撫で下ろすように顔を見合わせた菫と直之――二人の前に立ちはだかった男性が扉を締めながら振り返り、ぱっちりとした二重をより丸く開いた。 「わぁっ!びっくりした……失礼しました……」 男性はペコペコと何度か頭を下げ、背中を丸めて足早に立ち去った。ほんの一瞬の事に、再び顔を見合わせた菫と直之。 「出版社の人かな……」 「あぁ、きっとそうだな。丁度帰る所でよかった。もう誰もいないだろうし、遠慮なく入ろう」 直之は扉を軽くノックし、スライド式のドアを開けた。 夏風がふわりとカーテンを揺らし、穏やかな陽光が差し込む個室に設置されたベッド――左の人差し指で不器用そうにノートパソコンを操作する巧の姿があった。
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