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「降矢君、物凄い熱意だね。わざわざ現場で働いてまで、職人さんの気持ちを知ろうとするなんてさ」
大井ジャンクションを通過し、首都高速湾岸線へ――直之はハンドルを動かさなくても良いタイミングで、煙草を胸ポケットから取り出して火を灯した。
「ん――あいつの尊敬している人が、そういう人なんだってさ」
「尊敬している人?」
ふうっと窓から外へ向かって煙を吐いた直之。巧の言葉を思い出すようにして、少し間を置いてから口を開いた。
「親父さんが大工だった影響もあって、ずっと建築系の小説を書いていたらしいんだけど――巧がまだ小説家として花咲かせていない時、自分の小説に足りない物は何か思い悩んだらしい。そんな時期に例の尊敬している人が、『悩む暇があるなら行動だ』って言葉を常々言っていたみたいで。その人設計士らしいんだけど」
「えっ…設計士?」
「あぁ。とりあえず設計に思い悩んだら、直ぐ現場やクライアントの元に足を運んで、体当たり同然で現場の声を聞きに行っていたらしい。相手の立場に自分が立って、相手の目線で考える――そこが自分に足りていなかった物だって改めて気付いたみたいで、自分でも現場仕事するようになったらしい」
『思い悩んだら直ぐ現場やクライアントの元に足を運んで、体当たり同然で現場の声を聞きに行っていた』
まさか――私の思い上がりだよね。
口をすぼめている菫を横目で見た直之は、ふっと小さく笑った。
「その設計士って――もしかすると、菫の事なのかもな」
勝手な想像を直接言葉で言われた菫――熱くなった頬を冷ますように、エアコンを少し強くした。
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