第四章 告白

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強い潮風が二人の間を吹き抜け、勢いを増した波が音を立てて堤防に打ち付ける。数回響き渡った波音の後、直之が閉ざしていた口を開いた。 「俺、菫に甘えていた。自由にするなんて言っておきながら、距離を置くっていう曖昧な言葉でお前を縛っていた。いつまでも待っていてくれる――勝手にそう思っていたけど、そういう訳にもいかないだろうし悩ませたよな」 「――待っていてくれって言わないのは、迎えに来る保証が出来ないから?」 「あぁ。実際まだ、迎えに行くだけの自信がない」 正直、私自身は共働きで十分結婚生活を送る事が出来ると思っている。でも、男のプライドというものだろうか――直之自身で納得のいく稼ぎが、安定して得られるようになるまでは先へ進む事が出来ないのだろう。 そんな保証の無い中――以前は茫然と待っている事が出来たけど、もう前へ進み出している私は立ち止まる事は出来ない。 「私さ――分からないんだ。今、直之に抱いている気持ちが『愛情』なのか『情』なのか」 直之は口角を上げて、穏やかな笑みを浮かべた。 「俺達はきっと――時間をかけ過ぎたな。全部俺の責任だけどさ。今日三茶で菫を見た時から薄々感じていた」 「――え?」 「いや、なんつーか……活き活きしている菫を見るのが久々だったからさ。最初に出逢った頃みたいな表情していてさ。俺、ここ数ヵ月……いや数年かもしれない。菫に暫く、そんな表情させる努力していなかったなって。いろんな事が当たり前になりすぎて、胡坐(あぐら)をかいていたな」 直之と出逢ったあの頃が脳裏に蘇った菫。 デートの前日は念入りにボディケアをして、着ていく服を吟味していた。 ヘアアレンジや化粧も色んな角度から確認していた。 会う度ドキドキが止まらなくて、会う度好きという感情が湧き溢れていった。 付き合いが落ち着くこと自体は、決して悪い事ではない。 ドキドキ感が薄れる事、週末一緒にいる事、以前より相手に対して無関心な時間が増えていく事――様々な事が二人の当たり前になっていく。 未来を語らない事が当たり前になった事――これは私達にとって重大な問題だったのかもしれない。 「情」に変化したのは直之のせいだけじゃなくて、 私達二人が真正面から向き合わなかったせいだ。
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