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「俺は、菫が本当に幸せだと思える道を選んでほしい。菫が幸せになる事が一番だから。でも、俺が菫を幸せにしたいっていう想いがなくなる事はない」
右手に伝わってくる直之の温もりと、ひんやりとした鍵の感触。言葉に熱が込められる度、握りしめられた手がギュッと力強く締め付けられ、鍵の感触がより皮膚に伝わってくる。
「距離を置こうって濁してきたけど、俺達別れて――俺が勝手に菫に片思いしていた、初めて現場で出会った時に戻ろう。俺の気持ちは変わらないし……さっきも言ったけど、お前が幸せになる事が一番だから。他の誰かの方へ行ったとしても、菫の想いを尊重する。俺じゃない誰かを選んだとしても……菫の気持ちが固まった時には教えて欲しい」
菫の右手を包み込んでいた手を離した直之――これまで見せた事のない、心を焼き尽くすような切ない笑みを浮かべた。
「年上なのに、最後まで情けなくてごめんな」
鍵を持つ手を小刻みに震わせた菫――心の中で直之が言った台詞に頷きつつ、多少の自己嫌悪に陥った。
本当に最後まで自分勝手で、情けない直之。
でも――この距離を置いていた期間、別の方へ顔を向けてしまった私とは違って、真っ直ぐに私の事を想ってくれていた。他の誰かと浮気しているのではないか、と疑念を抱いていた自分が恥ずかしくなる。
さっきは少し感情的になって直之を責めてしまったけれど、愛情を感じていた相手と半年距離を置いただけで、感情を変化させてしまった自分は情に薄い人間なのだろうか。この先、一人の人を愛し続ける事が出来るのか不安になってくる。
――健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、生涯愛することを誓う事が出来る日は訪れるのだろうか。
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