第四章 告白

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ギュッと握りしめていた手を開いた菫――直之と交際して2年経った時に交換し合った合鍵を見つめた。初めて合鍵をキーケースに付けた時、大人に一歩近付いた気がしてドキドキした事を今でも覚えている。 「菫も出して――鍵」 小さく頷き、バッグの中からキーケースを取り出した菫。 合鍵をフックから取り外し、鍵先を向けて渡そうとした時――直之は鍵を握っている菫の手を引っ張り、強い力で抱き締めた。 最後に強く抱き締められたのは、いつだったろうか。 直之の襟元から漂ってくる、懐かしい柔軟剤の香り。抱き締められると硬さが直に伝わってくる、筋肉質で太い腕と厚い胸板。その大きな身体で包み込まれ、安心感と充足感を覚えていた日々だった。 両手を垂れ下げたまま、じわりと目頭を熱くした菫――中途半端な気持ちでは以前の様に抱きつく事など出来ず、ただ直之の鼓動を肌で感じていた。 ピピピピ… ピピピピ… 波音しか聞こえなくなった状況で、突如鳴り響いた直之の携帯電話。 菫を抱き締めていた手を名残惜しそうに解き、直之は音が鳴っている携帯電話をデニムから取り出した。 「安岡さん……?ごめん、仕事の電話だ」 レジャーシートから立ち上がり、少し距離をとった直之。 ――こういう時でも、仕事の電話を優先させる所は相変わらずだ。直之にとって今は仕事が第一だから仕方がないけどね……。 堤防から身を乗り出して、足をバタつかせた菫。波音に耳を澄ませていると、驚きを隠せない直之の大きな声が耳に飛び込んできた。 「……巧が……怪我!?」
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