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「…ちょっとトイレ。もし良ければ、お酒とか好きな物注文して大丈夫なので」
「あ、有難う御座います」
隼人がクシャッとした笑顔を浮かべながら席を立ち、扉の先へ姿を消した。
個室で一人になった菫は、熱帯魚を見つめながらフォアグラをナイフで切ってフォークで口へ運ぶ。
夢の様な空間で食べる、夢の様な食事。
野々村さんともしも付き合う事が出来たら、一生見る事のできないような世界を見せてくれる気がする。人間的にも尊敬する面が多々あるし、心の底から憧れる人だ。
ワインでほろ酔い気分の中、隼人との未来を妄想する菫――水槽が奏でるコポコポという音に耳を傾けていると、ソファの上でブーブーという音が鳴った。
音の鳴る方へ目を向けた菫。
隼人が座っていたソファに置かれた携帯電話と財布――未だ音を立てているのは勿論、隼人の携帯電話だった。
菫は無意識に、隼人の携帯画面を覗いた。発信元の名前が表示されている携帯画面。
『沙百合』
文字を見たと同時に鳴り止んだ振動音。
同僚や看護婦を下の名前だけで登録する?という事は…女友達?彼女はいないって言ってたし…。
付き合っているわけでもないし、未だ野々村さんに対して恋愛感情を抱いているのかさえ分からないのに何故か気になる。
この複雑な感情は一体、何と呼べばいいのだろう――。
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