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Act.1 追跡
『――ところでさ。遺産ハントする気、ないか?』
「遺産ハント?」
久し振りに連絡してきた同業の知人が、唐突に言い出したことに、セシル=ロードリック=クィントンは眉間に皺を寄せた。
時刻は既に午前十時だ。けれど、セシルはまだ、宿のベッドの中だった。
昨日、遺産の違法回収屋を当局に突き出して来たのだが、そのあとの報酬受け取りの手続きに手間取り、宿に入ったのが日付の変わる頃だったのだ。
無遠慮にがなり立てる携帯端末に叩き起こされたセシルは、整った顔を思う様歪めつつ、渋々上体を起こす。どうやら、このまま睡眠を続けることはできないようだ。
地球の温暖化が、核戦争によって止まることはなかったらしく、最早、地球上のどこにも四季はない。あるのは、夏と冬のみだ。しかも、徐々に冬の長さが短くなっている。
国によっては、一年中夏、という所もあるらしい(もっとも、それは四季があった頃も同じだったという国もあるようだが)。
セシルの今いるヨーロッパは、南半球に比べれば若干マシらしいが、この夏も殺人的な暑さが続いていた。真冬と違って、布団の中から出るのが苦痛でないことだけが、夏の朝のメリットだ。
「いきなり何。つーかあんた、何で俺の番号知ってんだよ」
深い眠りの底から、無理矢理引っ張り出された不機嫌さも手伝い、勢い口調はぶっきらぼうなモノになる。薄い桜色の匂やかな唇が吐くには、あまりにも不似合いで、誰か見ている者がいたら首を傾げただろう。
『そこはそれ、蛇の道は蛇ってヤツだな。まあ、気にするな』
「気にするわ」
近い内に、端末ごと変えなくては。そう思いながら、おもむろに立ち上がって伸びをする。
今、電話機の向こうにいるジークヴァルト=モーリッツ=エーベルリンという男が、セシルはどうにも苦手だった。
十四の時、ひょんなことで知り合った彼が、一方的に裏社会のことを色々と教えてくれたのには感謝している。だが、好んでツルむ相手では、間違ってもない。
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