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駅前に設置された公衆電話のボックスに滑り込み、ある端末番号をプッシュする。
「――あ、エルか? 俺だけど」
すると、女性の声が呆れたように返した。
『オレオレ詐欺なんて、何百年前に流行ったと思ってるの? しかも、流行ってたの、日本でしょ?』
「……すいません。リックです。今どこにいる?」
ミドルネームから取ったコードネームを名乗ると、やっとこちらがセシルだということは信じてくれたらしい。
『軽々しく言えるわけないでしょ』
しかし、それでセシルには正確な答えになった。
「分かった。じゃあ、また」
それだけ言うと、セシルは受話器を置く。
通信時間はジャスト十五秒。通信技術がまだ、核戦争前の水準にまで戻っていない現在、逆探知にはかなり足りない秒数だ。
無意識に唇の端を吊り上げると、セシルはボックスを出た。
(……あの答えだと、いるのはドイツの……シュトゥットガルトだな)
胸中で呟く。
エル、ことエルフリーデ=リタ=ヴィルトとは、二年前、セシルが十六の時に知り合った。彼女は、アルブムに属するリターン・ヴァッフェ・エルベ研究、つまり、兵器化された人の身体を、普通の状態に戻す研究をしている研究者で、アートルムの研究所から追われているらしい。
逃亡生活をしている環境柄、自然裏社会の事情に通じ、今はリターン技術研究の傍ら、アンダーグラウンドの世界で便利屋をやっていたりする。
その為、知人と連絡を取るにも、ああして暗号が必要なのだ。
例えば、『軽々しく言える訳ないでしょ』だと、ドイツ国内の彼女の出身地にある地下診療所で、『さあね』ならミュンヘン、『どこかな』ならフランスのある場所、などだ。
(アメリカとかじゃなくて助かったけど)
ちなみに、セシルの現在地は、パリだ。
核戦争で世界が崩壊したあと、鉄道の復旧の度合いが、十九世紀末当時程度らしい現代でも、そう何日もは掛からない。
だが、アメリカに渡ろうと思ったら、今は船で渡るしか方法がない。
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