【手紙】

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【手紙】  珍しい人物からの手紙だった。  奴とは長い交遊関係を持つ間柄だったが、手紙など貰ったのはおそらくこれが初めてだったに違いない。加えてここ数年は対面さえも果たしてなかったのではないだろうか。互いの生活サイクルが合わないのであれば、それは仕方なのないことだった。そしてそれは学生から社会人という肩書きに変わる時に、覚悟していたと言っても過言ではない。  だから慣性的に覗いた郵便受けの底にその白い封筒が置かれているのを見た時は、右の眉が少しつり上がった。俺の名を認めたその文字にはいたく見覚えがあったからだ。  三年───四年振りか?  何よりもそれが奴の特徴であったぶっきらぼうな文字。その字に微かな狼狽と懐かしさを感じながら、俺は封を裏返すと左端に記された差出人の名に思わず微笑みかけた。  なんだよ、突然。元気してるか?  無意識の内に語りかけていた。そしてその返事を受けとるべく、家へ入るなり背広を脱ぐのももどかしく封を開ける。  手紙は、ある人物の訃報を告げたものだった。 *    *    *    *    * 「嘘だろ」  俺の呟きはもっともだった。だが奴の呟きの方がもっともっともだった。 「そんな嘘ついてどうする」  それでもにわかには信じられなかった。 「だって、自殺だなんて……」 「ホームに入ってくる電車に向かって飛び込むのを何人もの人間が見てた。それに───遺書があった」 「遺書……」  奴を眼前に据え、実際に言葉のやり取りをしながらも、頭の中は上の空だった。自分の唇が動くのが不思議なくらいだった。  遺書───遺書だって?  遺書って、なんだ?  俺は奴を見返した。奴も俺を見返してくる。沈黙の末、奴は苦々しく口の端を歪めると言った。 「誰も私を救うことが出来ない。だから私は自分で自分を救うことにしました。許してください」 「……それが?」 「それだけだ」 「なん……だよ、それ……」 「原因は警察が調べたみたいだ。が、これといったものには到らなかったらしい」 「原因?」 「あいつが何から救われたがっていたか、だ」 *    *    *    *    *
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